日々雑感 みぞぐち幸治のひとり言

2011年03月23日 (水) 11:59

我々にできること

被災地で必死に活動している私の同志である自由民主党青年局 中央常任委員会 議長で宮城県議会議員の須田善明氏が自身のHPの徒然日記を更新していた。

それを見ながら涙が溢れてきた。

正直、選挙運動どころではない、しかし、この選挙を乗り越えなければならないのも直面する事実だ。

我々が何をなすべきか?常に考え行動しなければならない。

(下記に転載します)

今、バッテリーが復旧したモバイルから打っています。
またしばらく書けないと思いますが、
今の思いを記しておきたいと思いました。

我が町の八割が壊滅しました。
もう我が家もありません。
もう二度と会えなくなった親戚・友人・知人も大勢います。

それでも、残った人々はあるべきはずの平穏と復興を願い、
今それぞれが出来ることを、と帰る場所も働く場所も無くなった、
物資の供給もままならない想像を絶する過酷な状況下で
「もっと大変な人達だっているはずだ」と、
耐えながら力を寄せ合い生きています。

今を精一杯生きることが未来に繋がると信じて。
私もその一人です。
自らの役割として被災者の皆さんを励ますことも大切ですが、
それ以上に、多くの人々の明日に繋がるなにかを、
と支援を得るために東奔西走しています。

幸いに大きな被害を免れた地域でも日常が変わりました。
長蛇の列が並ぶ空かない店舗や断水した住宅街の給水車等々。

「なぜこんなにも行列ができるのだろう?」
「被災地にすら給水車が来ないのに」
「帰る家もあってそこには明日の食料ぐらいあるはずなのに」
率直にそう思ったし、その理不尽さを恨めしくも思いました。

災害取材のためにホテルを借りきった報道機関もあります。
「彼らの部屋数の分だけ、家を失った人々に
 少しでもベッドの温もりを与えられるだろうに」
と思わずには正直いられませんでした。

でも、仕方のないことだし、嘆いてもしょうがない、
当然のことなんだろうと思います。
それぞれが生活を維持するのに懸命なのですから。
そこに、帰る家があるとかないとか関係ないのです。
それが、たまたまどこにいたか、住んでいたかの違いでしかない。
私だってあの日の行き先が違えばどうなっていたかわかりません。

明日を生活するのに必死か、今を生きることに必死か、
恐らくその違いでしかありません。
ついこの間まで身近にあった平穏を皆が取り戻すためには
被災地も、そうでないところも元気になっていかなくてはならない。
だからこそ、今、ちょっとずつの我慢が必要なのだと思います。

県道沿いの、とある地区では自衛隊をはじめ行き交う支援車両に向かって
子供たちが大きく手書きで
「ありがとう!感謝!」
と書いた段ボールを掲げて手を振っていました。
涙が止まりませんでした。

遠く北海道岩見沢から徹夜で運転して物資を運んでくれた仲間がいます。
「宮城を助けたい」と群馬から夜通し走って水を届けてくれた方もいます。
本当に頭が下がります。
支援にいきたいけど油もなく動けない、という方々が
大勢いるのも知っています。

だからこそ
「今の自分より大変な状況にある人がいる」
と思って、1億2000万人がちょっとずつの我慢が出来れば、
今一番困っている人を助けられるはず。

どうか皆さんのちょっとずつの我慢を私たちにください。
有形無形の我慢を私たちにください。
それが私たち被災者の大きな励みと助けになるはずだから。

皆さんの力を貸して欲しい。
そう思います。

顔を上げ、前を向いて歩んでいきます。
ありふれた日常を皆で取り戻すために。
それではまた。