日々雑感 みぞぐち幸治のひとり言

2011年09月12日 (月) 06:52

辞任は当然、しかし

野田内閣の閣僚がまだ何もしないうちに辞めてしまいました。

野田新首相の誕生はそれ以前の2人のいい加減な首相に比べれば大変、、期待が持てるのもだと思っていましたが、民主党の役員人事、大臣、副大臣、政務官が決定されるのを見て不安になり、最後は落胆するような人事になってしまいました。

まるで今回の人事は古い自民党を見ているようで、適材適所と言いながら、派閥均衡、党内融和、特にベテラン議員の機嫌を損ねないようなゴマすり人事だと感じていました。

今回の辞任劇は早くもその結果が出たような気がします。

ただ、今回の辞任に至るまでの過程において、なんとなくすっきりしないところがあるのも事実です。

私は9月10日の鉢呂大臣の辞任のニュースを受けてツィッターにこのように投稿しました。

「鉢呂大臣の発言は辞任に値すると思うが、マスコミの取材のやり方には問題はないのだろうか?
自民党政権の時も現在の民主党政権時も物事の本質を捉えた報道が殆んどなされていない。
どうでもいいことを繰り返し報道するのがマスコミの仕事ではないはずだ。」

過去にもこのように公式の場の発言ではなく、非公式の場での発言で叩かれまくる政治家を自民党時代にも何人も見てきました。

また、公的な行事ではなくて、殆ど私的な行事、例えば、麻生元総理がホテルの高級バーに通っているとか!どうでもいいような、物事の本質的ではないところで叩かれまくる政治家を見てきました。

最近のやらせメールの報道を見ていても、うんざりしています。

「報道の自由」私には勉強不足なのかもしれませんが、よく理解できない今日この頃です。

そんなことを考えながら、我が自民党には野田首相の任命責任だけを追求するのではなく、責任は追及しつつも、今、日本にとって大切な本質的な議論を行って頂きたいと切望するところです。