日々雑感 みぞぐち幸治のひとり言

2007年09月29日 (土) 18:45

2007年9月の日記

2007 / 9 / 19 ( 水 ) 07 : 26 : 21
昨日、私の一般質問を行いました。
知事とのやりとりは相変わらずでした。
あえてここではコメントもいたしませんが、あとの質問は、しっかりとしたパートナーシップの基に執行部の方々と今後の方向性についても確認できたと思います。

アシストして頂いた議会事務局の職員、お盆過ぎから質問の準備のためにヒアリングにお付き合い頂いた職員の皆様、そして現場で色々とご指導頂いた皆様に心から感謝いたします。

また、膨張に来て頂いた皆様にも感謝いたします。

次回、質問の時には今回よりももっといい質問ができるように努力してまいります。


    2007 / 9 / 17 ( 月 ) 21 : 48 : 42
いよいよ明日は一般質問です。
通算で5回目となりますが、今回もいい勉強をさせて頂きました。
明日は13時から登壇いたします。
質問項目は、
1.商工業の振興について
(1)中小企業振興への取り組みについて
(2)地域資源の活用について
2.肉用牛の生産振興について
3.子ども輝き条例について
4.利水事業について
(1)球磨北部台地の水源確保について
(2)今後の知事の対応について
5.SL復活を利用した人吉球磨の観光振興について

以上、質問を行います。


    2007 / 9 / 16 ( 日 ) 20 : 55 : 58
自民党総裁選挙が告示されました。
本日14時から行われた所信表明演説をテレビで見ました。
正直、もっと多くの方に総裁選挙に立候補してほしかったです。

このように自民党にとって危機的状況にあるのに、なんとなく派閥の論理で候補者が絞り込まれていったような印象を持ったのは私だけではないでしょう。

福田、麻生両候補の話をしっかりと聞かせていただきました。
総裁になるために日頃から意識し行動してきた麻生候補、急遽、総裁選に立候補することになった福田候補、両候補の演説を聴いてそのような印象を持ちました。

投票日まであまり時間がありませんが、いずれ私の考え方を支部の方々には説明したいと思います。


    2007 / 9 / 13 ( 木 ) 21 : 15 : 52
安倍総理の突然の辞任には驚きました。
辞めた方のことをとやかく言っても仕方ありません。これから自民党はどうしていくのか、党員である私たちも真剣に考えて行動していかなければなりません。

しかし、相変わらずマスコミの無責任な報道にはあきれます。
あれだけ安倍総理が辞めないことに批判してきたのに、辞めるといったら、辞め方が悪いとまた批判する。
「そんなに批判ばかりしてこの国のためになるのか?」
マスコミのあり方こそ問わなければならないと考えるのは私ばかりではないでしょう。

また、ある人が言いました。「連日、テレビでは政治家に対する批判ばかりが流れてくる。最近は度が過ぎて(いじめ)に見える。この光景を見ていると、決して(いじめ)は無くならない。」
大人の世界は子供達の良き手本でありたいものです。
しかし、残念ながら、小さな子供達の世界こそ、我々が参考にしなければならないのかもしれません。


    2007 / 9 / 9 ( 日 ) 18 : 12 : 45
昨日は軟式野球の試合、今日はソフトボールの試合と二日続けて暑い中、体を動かしました。
結果はどちらも負けましたが、野球は延長戦で、ソフトはジャンケンで、と負け方があまりよくありませんでした。

「悔しい」という思いと、「もう試合に出なくていい」と思いが頭の中に浮かびました。
政治の世界では若手と言われても、スポーツの世界では完全にオジサン扱いです。

さて、9月定例会では質問の機会を与えていただきました。
只今、準備の真っ最中です。
議会構成では4月に初当選された方々も大勢いらっしゃるし、私より若い方々も入ってきました。

中堅として恥ずかしくない質問を心がけたいものです。


    2007 / 9 / 1 ( 土 ) 15 : 36 : 31
9月になっても日中はかなり暑いです。
そんな中、1日は恒例の朝詣会に長男と出席。
いつものように神社の拝殿に座っていると、長男が一言「もう秋になったね」なにをもってこのようなことを言ったのかは定かではないが、確かに8月1日より9月1日の方が朝6時は暗いし、温度も低い。
子供は子供ながらにこのような変化に気づいての発言だったのではないだろうか?

一方、その時は、私はそんな変化には全く気づきませんでした。
ひょっとすると、他にも周りに変化していることがあるのに気づいていないことがあるのではない?そんな思いが頭をよぎっりました。

「子育ては親育て」そんな言葉がありますがが、「育てているつもりが育てられているのかもしれない」そんなことを考えた出来事でした。